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作家ジョージ・サウンダー氏の卒業生への言葉を暗記して言ってみよう

 アメリカの高校に通うと、
歴史上の名スピーチの一部を、暗記させられる。

リンカーンのThe Gettysburg Addressとか
(あの「
人民の、人民による、人民のための政治
(government of the people, by the people, for the people)
」てやつ。)
ケネディのThe Inaugural Addressとか。

きっと今の高校生はオバマ大統領の
「Yes, we can!」の一節とかを暗記してるんだろうな。

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ハイスクール当時はいやいややっていたけれど、
振り返ると英語力アップに役だったと思う。
やはり名文なので、
感情を込めて言うとパワーが自分に乗り移って、
英語のリズムやソウルを吸収することが出来る。

高校ではあまり推奨されないんだけど、(結局白人社会なので)、
マーチン・ルーサー・キングの
「I have a dream!」なんて
テンションや発音までマネして言ってみると最高!だよね。

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今さっきネットで「作家George Saunder氏が
シラキュース大学で行った卒業生達へのスピーチが
大きな感動を呼びネットで大反響」

と知り読んでみたら、めちゃ面白かった。
ケネディみたいないい子ちゃんスピーチでなく
なんか日本で言えば立川談志さんみたいな話し方。
自分で時折見返して、感情込めて言ってみる英語の名文としてブログにメモします。
私が好きなパートは、緑色にしてあります。
興味ある人は同じ様に声に出して言ってみて下さい。
感情のこもった英語力向上に役立つよ!

日本語訳の次に、英語の原文転載。

ICHIROYAさんのブログから引用。(日本語訳:大島)とあるがどなたか不明。

おまえら、おやじっていうのは、金づるだとしか、思っちゃいねえだろう?
てか、昔のロック、The Whoのヒット曲を思い出せないときに尋ねたり、
まあ、出番っちゃあ、そんなとこだ。

で、たまたま気が向いたら、
「このおやじはなんでこんなんになっちまったのかな?」っていう興味がわいて、
「人生で、一番、後悔してることは、何?」なんて失礼な質問をぶつけてきたりする。

ま、もちろん、そんな質問されなくても、こっちから言い聞かせてやることも多いし、聞きたくないって言われたら、ふんづかまえてでも、話してやりたくなるのさ。

で、おれ。
まあ、「成功した」と思われてる作家のおれだけど、
おれが、人生で、一番後悔してることは、なんだと思う?


たまに、ビンボーしてたこと? えげつない仕事に明け暮れたこと?
あ、あれか。スマトラで川に落っこちて、それを300匹のサルたちに笑われたとき?
そうさ、あいつら、盛大に川にウンチをしやがって、その水を飲んでしまったおれは、病気になって、7か月も入院したんだ。
あのときの大失態か?

そんなことじゃない。

あれは、中学校1年のときだった。
エレンちゃんが転校してきた。エレンちゃんは、
おばんしかしないような大きな眼鏡をして、いつも、ピリピリしてて、
金髪の髪を口にもっていって、噛んでた。

クラスのやつも、近所の連中も、ほとんど、彼女を無視した。
そして、たまに、からかった。「お前の、髪、いい味する?」ってね。

いや、もちろん、おれは、そんなことには加担しなかった。
どちらかといえば、そんなことから、彼女を守ろうとした。
だけど、何もしなかった。
でも、もちろん、知ってたんだ。
彼女が、朝、学校へ行く前、家を離れて学校へいくことを、
まるで恐れるように、家の前庭で立ち止まっているのを。


そのうち、彼女は、いっちまった。
転校して、いなくなった。

まあ、それだけの話だ。
そして、そいつが、42年経った今でも、忘れられないんだ。

おれが、人生で、一番、後悔しているのは、そういうこった。
なんで、あの時、親切になれなかった、ってことなんだ。


さすがに、いまじゃ、おれの目の前に、ひどく困った人間が現れたら、すんなりと同情できるし、親切に、やれることをやる。

じゃあ、なぜ、親切になるのが難しいのか?
ダーウィン流に、生き残るための間違った意識が
遺伝子のなかに組み込まれているんだと、おれは推測している。

つまり、こんな風に、でっかい間違いを思い込んでる

(1)自分こそが世界の中心だ  
(2)自分は世界から切り離された存在だ
(3)自分の命に終わりはない

頭じゃ、わかっているのさ、誰でも。
でも、本能的に、そう考えて行動しちまうのが、人間てものなのさ。


どうやったら、そいつを払しょくできるかって?
そいつは難しい問題だ。
子犬を飼ってみるとか、いろいろあろうぜ。
でも、スピーチの時間も3分を切ったんで、あたりまえの方法を言うより先にすすむぜ。まあ、それについちゃ、自分でも考えてみるこった。


まあ、しかし、この件についちゃ、ちょっと素敵なこともあるぜ。
おれたちは、歳をとると、自然に、ある程度は、「親切に、やさしく」なるもんだ。
人生、いろいろと辛いことがあっても、助けられることだってあって、
社会とつながってるし、みんな助け合って、
生きているんだっていうことが、実感できるようになるんだ。

知り合いが、ポロポロと死んでいきゃあ、否が応でも、
自分もそのうち、あちら側へ行くことが、実感として、わかるようになるしな。

そう、おれみたいな人間でも、そいで、たいていの人間は、
歳をとると、優しくなるものさ。



ひとつ教えておいてやるぜ。
なんだかんだ言ったって、おまえのその「おれがおれが」っていう利己心は、
歳をとるにしたがって、いつか薄れていく。

で、お前の存在の中心にあった「おれ」は・・・・照れくさいが、
はっきり教えてやるぜ、「愛」に置き換わっていることに気づくだろう。

おまえら、思ってるだろう?
なんで、父ちゃんと母ちゃんは、たいしたこと成し遂げてないのに、
あんなに幸せそうなんだろう、って。

お前の父ちゃんと母ちゃんの中心は、いまのお前の「おれ」じゃなくって、
「お前に対する愛」に置き換わってるんだぜ。
だから、あんなにも、幸せそうなんだ。

ほら、全然、わかっちゃいないだろう?
で、お前も、そうなるんだぜ。


まあ、ともかく、卒業、おめでとう。
で、もちろん、お前ら、これから社会に出て、成功したいって、思ってるよな。
いい大学出て、いい会社に入って、きれいな嫁さんや、稼ぎのいい旦那を見つけて・・・
そして、もちろん、天職をみつけて、その分野で成功したいと思ってる。
それでいいんだ。
がんばれよ!


でも、知っておいたほうがいいぜ。
その種の成功は、カゲロウみたいなもんだ。
知ってるだろう?
カゲロウってやつは、それを目指して、いくら歩いても、
どんどん遠ざかって、結局到達できない。

「成功」を追っかけて、「成功」は手にしたけど、それが思っていたもんじゃなかった、って場合もある。
いわゆる「成功」だけを追っかけてると、人生、間違えることもあるんだ。


だから、おれがお前らに、頼みたいのは、こういうことだ。
どうせ、お前らは、歳とともに、親切な、利己的でない人間に、なっていくんだ。
いくら、お前が、いま、親父やおふくろを理解できなくてもな。
だから、そいつを、急げ、そのスピードを上げろって。

なにも、「成功」を追っかけるな、と言ってるんじゃないんだ。

金持ちになれ、名誉を求めよ、胸を焦がす愛に落ちよ、旅をせよ、
革新をおこない、リーダーシップをとれ!

そして、裸でジャングルの川で存分に遊べ!
(ただし、サルたちのうんちには気をつけろよ)

だけど、やがて、歳とともに、自分の中で大きくなる光、
人のことを深く思いやるお前の芯にある灯、そいつの存在を信じて、
大切に育てることを忘れちゃいけない。

それを大きく、大きく育てるんだ。
大きな問題に直面して迷った時、その光の照らす方へ進め。
それこそが、お前を大きな成功に導くはずだ。

そして、万一、社会的な成功が、お前の目前で、だれかほかのものの手に落ちたところで、どうだというんだ?
その灯を育てること、その輝きを放つこと以上に、大切なことなんてない。
そして、いつか、
シェイクスピアのように、ガンジーのように、
マザー
テレサのように、その灯を、まぶしいばかりの輝きにするんだ。


そして、お前が80才になったとき。
110才になったおれがもし生きてたら、
「おれの人生は、素晴らしかった」って聞かせてくれよな。


卒業、おめでとう!


英文全文 
New York Times Magazin web
から引用

Down through the ages, a traditional form has evolved for this type of speech, which is: Some old fart, his best years behind him, who, over the course of his life, has made a series of dreadful mistakes (that would be me), gives heartfelt advice to a group of shining, energetic young people, with all of their best years ahead of them (that would be you).

And I intend to respect that tradition.

Now, one useful thing you can do with an old person, in addition to borrowing money from them, or asking them to do one of their old-time “dances,” so you can watch, while laughing, is ask: “Looking back, what do you regret?”  And they’ll tell you.  Sometimes, as you know, they’ll tell you even if you haven’t asked.  Sometimes, even when you’ve specifically requested they not tell you, they’ll tell you.

So: What do I regret?  Being poor from time to time?  Not really.  Working terrible jobs, like “knuckle-puller in a slaughterhouse?”  (And don’t even ASK what that entails.)  No.  I don’t regret that.  Skinny-dipping in a river in Sumatra, a little buzzed, and looking up and seeing like 300 monkeys sitting on a pipeline, pooping down into the river, the river in which I was swimming, with my mouth open, naked?  And getting deathly ill afterwards, and staying sick for the next seven months?  Not so much.  Do I regret the occasional humiliation?  Like once, playing hockey in front of a big crowd, including this girl I really liked, I somehow managed, while falling and emitting this weird whooping noise, to score on my own goalie, while also sending my stick flying into the crowd, nearly hitting that girl?  No.  I don’t even regret that.

But here’s something I do regret:

In seventh grade, this new kid joined our class.  In the interest of confidentiality, her Convocation Speech name will be “ELLEN.”  ELLEN was small, shy.  She wore these blue cat’s-eye glasses that, at the time, only old ladies wore.  When nervous, which was pretty much always, she had a habit of taking a strand of hair into her mouth and chewing on it.

So she came to our school and our neighborhood, and was mostly ignored, occasionally teased (“Your hair taste good?” – that sort of thing).  I could see this hurt her.  I still remember the way she’d look after such an insult: eyes cast down, a little gut-kicked, as if, having just been reminded of her place in things, she was trying, as much as possible, to disappear.  After awhile she’d drift away, hair-strand still in her mouth.  At home, I imagined, after school, her mother would say, you know: “How was your day, sweetie?” and she’d say, “Oh, fine.”  And her mother would say, “Making any friends?” and she’d go, “Sure, lots.”

Sometimes I’d see her hanging around alone in her front yard, as if afraid to leave it.

And then – they moved.  That was it.  No tragedy, no big final hazing.

One day she was there, next day she wasn’t.

End of story.

Now, why do I regret that?  Why, forty-two years later, am I still thinking about it?  Relative to most of the other kids, I was actually pretty nice to her.  I never said an unkind word to her.  In fact, I sometimes even (mildly) defended her.

But still.  It bothers me.

So here’s something I know to be true, although it’s a little corny, and I don’t quite know what to do with it:

What I regret most in my life are failures of kindness. 

Those moments when another human being was there, in front of me, suffering, and I responded…sensibly.  Reservedly.  Mildly.

Or, to look at it from the other end of the telescope:  Who, in your life, do you remember most fondly, with the most undeniable feelings of warmth?

Those who were kindest to you, I bet.

It’s a little facile, maybe, and certainly hard to implement, but I’d say, as a goal in life, you could do worse than: Try to be kinder.

Now, the million-dollar question:  What’s our problem?  Why aren’t we kinder?

Here’s what I think:

Each of us is born with a series of built-in confusions that are probably somehow Darwinian.  These are: (1) we’re central to the universe (that is, our personal story is the main and most interesting story, the only story, really); (2) we’re separate from the universe (there’s US and then, out there, all that other junk – dogs and swing-sets, and the State of Nebraska and low-hanging clouds and, you know, other people), and (3) we’re permanent (death is real, o.k., sure – for you, but not for me).

Now, we don’t really believe these things – intellectually we know better – but we believe them viscerally, and live by them, and they cause us to prioritize our own needs over the needs of others, even though what we really want, in our hearts, is to be less selfish, more aware of what’s actually happening in the present moment, more open, and more loving.

So, the second million-dollar question:  How might we DO this?  How might we become more loving, more open, less selfish, more present, less delusional, etc., etc?

Well, yes, good question.

Unfortunately, I only have three minutes left.

So let me just say this.  There are ways.  You already know that because, in your life, there have been High Kindness periods and Low Kindness periods, and you know what inclined you toward the former and away from the latter.  Education is good; immersing ourselves in a work of art: good; prayer is good; meditation’s good; a frank talk with a dear friend;  establishing ourselves in some kind of spiritual tradition – recognizing that there have been countless really smart people before us who have asked these same questions and left behind answers for us.

Because kindness, it turns out, is hard – it starts out all rainbows and puppy dogs, and expands to include…well,everything.

One thing in our favor:  some of this “becoming kinder” happens naturally, with age.  It might be a simple matter of attrition:  as we get older, we come to see how useless it is to be selfish – how illogical, really.  We come to love other people and are thereby counter-instructed in our own centrality.  We get our butts kicked by real life, and people come to our defense, and help us, and we learn that we’re not separate, and don’t want to be.  We see people near and dear to us dropping away, and are gradually convinced that maybe we too will drop away (someday, a long time from now).  Most people, as they age, become less selfish and more loving.  I think this is true.  The great Syracuse poet, Hayden Carruth, said, in a poem written near the end of his life, that he was “mostly Love, now.”

And so, a prediction, and my heartfelt wish for you: as you get older, your self will diminish and you will grow in love.  YOU will gradually be replaced by LOVE.   If you have kids, that will be a huge moment in your process of self-diminishment.  You really won’t care what happens to YOU, as long as they benefit.  That’s one reason your parents are so proud and happy today.  One of their fondest dreams has come true: you have accomplished something difficult and tangible that has enlarged you as a person and will make your life better, from here on in, forever.

Congratulations, by the way.

When young, we’re anxious – understandably – to find out if we’ve got what it takes.  Can we succeed?  Can we build a viable life for ourselves?  But you – in particular you, of this generation – may have noticed a certain cyclical quality to ambition.  You do well in high-school, in hopes of getting into a good college, so you can do well in the good college, in the hopes of getting a good job, so you can do well in the good job so you can….

And this is actually O.K.  If we’re going to become kinder, that process has to include taking ourselves seriously – as doers, as accomplishers, as dreamers.  We have to do that, to be our best selves.

Still, accomplishment is unreliable.  “Succeeding,” whatever that might mean to you, is hard, and the need to do so constantly renews itself (success is like a mountain that keeps growing ahead of you as you hike it), and there’s the very real danger that “succeeding” will take up your whole life, while the big questions go untended.

So, quick, end-of-speech advice: Since, according to me, your life is going to be a gradual process of becoming kinder and more loving: Hurry up.  Speed it along.  Start right now.  There’s a confusion in each of us, a sickness, really:selfishness.  But there’s also a cure.  So be a good and proactive and even somewhat desperate patient on your own behalf – seek out the most efficacious anti-selfishness medicines, energetically, for the rest of your life.

Do all the other things, the ambitious things – travel, get rich, get famous, innovate, lead, fall in love, make and lose fortunes, swim naked in wild jungle rivers (after first having it tested for monkey poop) – but as you do, to the extent that you can, err in the direction of kindness.  Do those things that incline you toward the big questions, and avoid the things that would reduce you and make you trivial.  That luminous part of you that exists beyond personality – your soul, if you will – is as bright and shining as any that has ever been.  Bright as Shakespeare’s, bright as Gandhi’s, bright as Mother Teresa’s.  Clear away everything that keeps you separate from this secret luminous place.  Believe it exists, come to know it better, nurture it, share its fruits tirelessly.

And someday, in 80 years, when you’re 100, and I’m 134, and we’re both so kind and loving we’re nearly unbearable, drop me a line, let me know how your life has been.  I hope you will say: It has been so wonderful.

Congratulations, Class of 2013.

I wish you great happiness, all the luck in the world, and a beautiful summer.








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どぶ板でアメリカ人を追い詰めるーー自分を猛省

自分を猛省する件があったので書きます。

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どぶ板通りで酔っ払ってお行儀が悪い若い米兵達を、
私はけしからん、と決めつけていたけれど、
行儀が悪い子が目立ってしまうのは当然で、
他のほとんどの米兵さんはちゃんとしたふつーの人。

というより米軍には門限や規律があるので、
日本人の酔っ払いの方がよっぽどタチが悪く、
ほとんどの米兵さんは「スミマセン」、「アリガト」、
などの挨拶は日本語でしようと努めてくれていたりして、
自分を反省することが増えていた。

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加えて、いつも太伯にエサをくれる

エジプト人のケパブ屋のベンチで、
世間話したとある米兵さんを追い詰めてしまった。

米兵「I like your dog. (犬可愛いね)」

私「ありがとう。あなたは米軍の人?日本は長いの?」

米兵「うん。でももうすぐ配属が変わる。
まだ決まってないけど、アフガニスタンを希望しているんだ。」

私「へえ、アフガニスタンが好きなの、いい国?」

米兵「うん。以前も配属していて、また行きたいんだよね。」

私「日本よりも好き?」

米兵「はは。いや。。。日本ももちろん素晴らしいけど、
アフガニスタンは、その。。。とても治安が悪いんだ。」

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私はその時点でん?と思った。
治安が悪いって、それは
君んとこの政府が武器売って戦争で儲けたいから
治安悪くなるよう自作自演してるんちゃうんかい。

米兵「治安が悪いとさ、ちょっと危険な状況のほうが、
なんというか、その、刺激があって、生きてる、て感じがする。」

私「まあ、軍隊に入った醍醐味を味わえるよね。平和な日本よりも。」

米兵「語弊があるけど。。。そういうこと。」

私「うーん。でも私はアメリカが、他国に行くのがよく分からないな。」

米兵「どういう意味?」

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私「本当は、アフガニスタンの問題はアフガニスタンの主体性で解決すべき事であって、
アメリカが介入する事じゃない。
この横須賀に米軍基地があることだって、私は不思議に思っている。
でも横須賀市は基地があるおかげで経済も潤っているから、私が言える事では無いんだけど。。。」

米兵「うん。。。でも、言いたい事は分かるよ。」

私「アメリカが、他国を干渉しすぎる事が好きじゃない。」

米兵「いや、ぶっちゃけ僕もそう思うよ。
でも、アルカイダを知ってるでしょう?
そういうテロリストは、誰かが止めなければ。」

私「テロリストを止めるだけじゃなくて、
アメリカは世界全部をコントロールしたがるでしょう。
国連もほとんどイコールアメリカだし。」

米兵「Hey hay,そんな事ないよ。国連は沢山の国が集まった組織じゃないか。」

私「でも結局、アメリカに都合に良いルールばかり作る、
アメリカの組織になっている。」

米兵「うん。。。まあ。。。」

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私「あとアフガニスタンの治安が悪いって。。。
それは行った事がない人が決めつけがちな誤解で、
実際行ってみたら通常の人間の生活が繰り広げられているものじゃないの。
私はシリアやトルコに知り合いもいるから、
どこの国にだって、お母さんの笑顔や子ども達の遊び声や
楽しい市場があるものだって知ってるよ。
アフガニスタンも実際行ったら
そういう平和な日常風景も
あるものなんじゃないの?」

米兵「あ。。。君はそういう事を分かってるんだね。
うん、その。。。
アフガニスタンは平和な所と治安が悪い所が別れているんだ。
平和なエリアに行けば、そういう日常があるよ。きれいな所だよ。
でも米軍は治安が悪い所に配属されるから。」

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私「私、前から関心があったんだけどそこに行ってさ、
米軍の人たちは、何をするの?」

米兵「バッドピープル、アルカイダとか、
そういうわるーいテロリスト達を、僕の部隊は南から追い詰めるんだ。
そうしないと、君の好きな平和なエリアまで、
わるーいテロリストに侵略されてしまうからね。」

アルカイダをbad peopleと決めつけている時点で
お前はマスコミ情報を鵜呑みにするただの主婦か?と思うし
「テロリスト=駆逐するもの」という単純な思考に、
私が子供だと思われてナメられているのかな?と不思議になる位だった。

私「で、そのso called "bad people"を追い詰めて。。。どうするの?」

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米兵「。。。僕の部隊が南から追い詰めて
。。。違う部隊が北で待ち構えて
。。。最終的にアフガニスタンの東側に追いやる。」

私「and, then? (。。。だから、その後は?)」

米兵「we'll...stop them.(僕らは彼らを。。。止めるんだ。)」

私「that means...?(止めるて、どういう意味。。。?)」

米兵「...get rid of them.(。。。駆除するんだ。)」

私「that means...?(駆除するってつまり、どういう意味。。。?)」

米兵「........................」

私は両耳を押さえて顔を背けた。

私「I don't want to hear it! (聞きたくない!)」

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米兵「ちがう。。。それは。。。部隊の命令なんだ。」

目の前の、ちゃんとお行儀の良い、この良い人の米兵が、
やっぱり、人を殺してるんだ。
直面して考える事をさけていた事が、やっぱりそうなんだ、と分かって悲しい。
それほど悪い人達じゃない、と思い始めていた、
この横須賀市に沢山いる善良なアメリカ米兵の、
少なくはない人達が。。。やっぱり人を殺してるんだ。
軍隊とは、米軍とは、そういう組織なんだ。

米兵「オサマビンラディン。知ってるだろう?ああいう悪い人が、」

私「悪い人?オバマ政権はオサマビンラディンの
奥さんや子どもまで見つけ出して殺した。
罪の無い女性と子どもを殺す政策を、私は全く理解できないよ。」

米兵「だから、それは。。。主観の相違というか。。。
日本の政策と、アメリカの政策では、違うんだ。」

私「当たり前じゃない。」

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マッカーサー占領時、
白洲次郎は「従順ならざる唯一の日本人」と呼ばれていたそうだが、
多分彼は私の事を
「どぶ板通りで従順ならざる唯一のジャパニーズガール」と思
っている。

米兵「軍の指令なら。。。するんだ。それは。。。その。。。
是非を問うことじゃなくて。。。そこに。。。だから
人格とか。。。その時においては。。。」


私「。。。。(私は彼をまっすぐ見ながら黙って話を聞いていた。)」

米兵「そういう仕事だから。
仕事の時は。。。個人の考えとか。。。そういう事じゃなくて。。。つまり、」

ここまで来て、私はハッとした。

私「。。。ごめん!」

米兵「いや、いいんだ。」

私は彼の手をがっしりつかんでちゃんとface to faceで謝った。

私「ごめん!」

米兵「No, no. No problem at all.(なにも、なにも、問題ないよ。)」

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彼は明らかに動揺していた。
人を殺したんだね、と突きつけられて、なんとか自分を取り繕うとしていた。
そうしなければ、彼だって、自分自身を保てないから。

だから私は、仕事で「それ」に関わった人に、
「それ」を突きつけてはいけなかったのだ。
そんな簡単な事が分からず、「従順ならざるジャパニーズガール体」で、
追い詰めた質問をした自分自身の勘違い度や生意気さを、すごく恥じた。

私「ごめん。いや、、、私の、今の、言い方、
聞き方が非常に、、、とても失礼だった。ごめん!」

米兵「No, no...that's...I really...it is real nice knowing you.
(いや、本当に、、、君みたいな人と知り合えていいかも。)」

私「話題変えよう! So! Sir! W
hat are you doing for Xmas?! 」

米兵「Yeahhhh! Ah,,,I'm gonna have a party!!!」

私「Yeahhhh!」

大げさにお互い笑い合って、
いや、ごめん、うん、本当に、と肩をたたき合った。

自分を猛省した。

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ボランティア活動家高遠菜穂子さんのFBポストを見て、
知ったつもりでいたのに。

「米兵たちは、最初からモンスターだったんでしょうか。

きっと米兵たちも、アメリカではいい息子だったり、
やさしいお父さんだったりするんだろうな。

軍隊という装置の中で
教育され、
戦地の究極の緊張状態の中で「敵を殲滅せ
よ」という命令を受けたら、
全力をつくしてしまうかもしれない
…。
もし私が若い時に軍隊に入っていたら、
自分が絶対にこうならない
という保証はないなと…。

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私は来月から米軍基地で働く事が決まった。

歩いて通える所に、日本文化のお教室やイラストの仕事と両立できる
英語環境の定収入が持てる事はありがたくて感謝する。
でも軍隊で働くという事に、
人を殺す組織からお金をもらうという事に、
考えすぎな齋藤圭子の精神がついて行けるか一抹の不安もある。

私は米軍のアメリカ人と、心から笑い合えるか疑問だから。

いつも横須賀の米兵達に聞いてみたかったからだ。

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あなたたちは、アブグレイブ刑務所でアメリカ兵がしたことを、
自分たちの問題としてどう捉えているの?
あなた自信はそんな事しないいい人かも知れないけれど、
自分はしなかった、から、自分は知らない、で済ませて日常を送ってるの?

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沖縄でも横須賀でも日本人の女の子が米兵に侮辱され、
そんなニュースが戦後ずっと止む事なく続いている。
あなた自身はそんな事をしないいい人でも、
そんな事する人が自分たちの仲間って、どう捉えているの?

そういう事を、無かった事にして笑いあえる程、
私はblind(盲目)になれない。
だから、その質問をいつか米兵さんにちゃんと、別にケンカ腰でなく、
冷静に平等な立場で聞いてみたいなとずっと思っていた。

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でもそれは単純な事じゃないんだ。

第二次大戦中パプアニューギニアで
米兵を殺した日本人のおじいちゃんに、
「ねえ、おじいちゃんは、人を殺したの?そうなの?殺したの?」

と、聞きたいから聞いていいものじゃない。
そんな簡単な事を、分かっていなかった自分の無知さ、愚鈍さを恥じた。

誰だってそうしたかった分けじゃない。そんな当たり前の事を。

外科医が人の痛みに共感しすぎたら手術が出来ないから
冷徹になるように、
南の島で人間を殺した日本人のおじいちゃん達も、
アフガニスタンで人を殺した米兵も、
「それ」に関してある程度感覚を麻痺させなければ、
日常生活を送れないから直視しないだけだ。
それを、直視しろ!直視できないの?ほら!と突きつける事は、
人として最低な行為だ。

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それをやってしまった。
あの米兵くんが必死に自分を保とうとする顔がぶり返されて、
後悔の念が押し寄せた。

そしてやっぱり軍隊というものの愚かしさに怒りが沸いてきた。
彼らに「それ」をさせる軍隊。
福利厚生と給金をエサに
善良な青年達の精神をどこか麻痺させて捨てる米軍という組織に働いて、
私の「アメリカ」に対する考えは今後どう変わってゆくんだろう。

でも罪を憎んで人を憎まず。
アメリカを悪く思いすぎている自分を、深く反省した。
 
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ジャンル : 学問・文化・芸術

鍵を返す礼儀作法

 京都旅行でお世話になった友人夏子宅の合鍵を、
ポッケに入れたまま横須賀に帰って来てしまいました。

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夏子ちゃんにメールする。

「夏子へ。
お前は持ってていい、て言ったけど、
オレ達もう別れたんだし、
お前の合鍵いつまでもオレが持ってるのも変だと思う。
オレは正直お前にまだ惚れてる。
でもお前からはもうはっきりふられたんだし、
やっぱケジメ付けるために、郵送で返すな。
オレ達の思い出いっぱいの、605号室の鍵。」


夏子から返信が来る。


「生々しいからやめて。」

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さて。。。横須賀名物の海軍カレーセットを用意しまして、
鍵を入れる封筒を選ぶ。
彼女は国立民族学博物館外来研究員、比嘉夏子と申しまして、
名字から分かる様に沖縄にルーツを持つ南国美女。
というわけで、沖縄紅型文様の一筆箋にした。

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一筆したためる。これは万葉集では珍しい、友情を歌った和歌。
しかも作者の たかおかのこうち さんは学者官人だったので、
ここも夏子とかぶって良いではないか。

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「吾が背子と 二人し居れば 山高み 里には月は 照らずともよし」

私と君と二人で酒を酌み交わし夜中語れば、
月の光が照らなくとも、寂しくはない。。。

秋にお世話になった親友に贈るにはぴったりの一首だ。

インクはドイツ製、すずらんの香りのグリーンを、ガラスペンで書いた。
鍵のキーホルダーの緑と色を合わせて。

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さて、宅急便の宛名ですが。。。

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実は今回夏子ちんに、
「圭子は今後もいつ来てもいいけど、太伯はもうだめだよ。」
ときつく言われた。
食事の時太伯が「くれくれ」と鳴くのが、
「私はいいけど隣の人や大家さんに迷惑。」という、
いかにも自分の事より他人の気持ちを優先する夏子らしい正当な理由である。

圭子&太伯「なんだよー!夏子のばかー!お前なんかネギだくー!」

捨て台詞を吐いて京都を後にしてきたが、
本当は夏子ちゃんも犬が大好きなのに、
愛情を素直に表せないだけなのかも知れないね♡と絶対違うであろう仮定の下、
伝票にこう書いてみる。。。

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これできっと次回も泊めてくれるよ♡

宅急便のお兄さんから
「お荷物のお届けで〜す!
え〜ワンワンハウス。。。比嘉様。。。で、よろしいでしょうか?」
と聞かれた時、プルプル震えながら仕方なくハンコを押す夏子が目に見える様だ。

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これでカレーと鍵と送ったった。

いやあ、お世話になった方に贈り物をするって、本当に気持ちが良いものですね。

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