「日米間の家族像について述べよ」

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18歳で帰国して、日本の大学に入るまで、
「トッフルアカデミー」という帰国子女専門の予備校に通っていた。

その時書いた小論文 。


課題: 
「日米間の家族像について述べよ」
    
新聞記事を見せられ、それについて意見を書くというもの


記事は「アメリカでは夫婦でのパーティ出席や、
週末のホームパーティなど、
家族単位での生活が大事にされている。
一方日本では核家族化が進み個室で過ごす家族が急増。
今後両国の家族像は、どうなる。」みたいな記事であった。

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私は少し普通とは違う家庭で育った。
両親が共働きだったため、
家族そろって食卓についたという記憶が数える程もない。

そしてそんな私に初めて
家庭的なムードというものを味あわせてくれたのは、
アメリカでホームステイした家庭であった。

日本に「ホーム」を持っていない私は、
「ホームシック」などにかかりようもなかった。
それどころかそのステイ先の家の方が、
よほど私を家族の様に迎え入れてくれ、
日本に帰って来た時そのアメリカの家のホームシックにかかった程である。

「お母さん」という存在が毎日家に居て、家族そろって食事をする。
これら日常のささやかな物事が、
アメリカの他のどんな文化よりも、
私にとって「カルチャーショック」であり、
そういう事にいちいち感動したり恐縮したりした。

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昔は日本で、一人では何も出来ない小・中学校の同級生達を見て、
自分の様な家庭の方が、
小さい頃から自立性や行動力というものを身に付けられて良かった
と思って居た時期もあった。そして11才の時、
父が事故で本当に遠い所へ行ってしまい、二度と帰って来なくなった。

それでも母と姉と、女三人で頑張れる自分に誇りさえ持ち、
そういう境遇にいる自分を不幸などとは思わなかった。
思ったつもりは無かった。

しかしアメリカに行ってこれら自分の生い立ちを話した時、
相手のあまりにも軽い反応にスカされて、
実は自分は「可愛そう」という反応を求めていたのだ、
ということに気付いた。

そして私は、日本の中で密かに不幸面をしていた自分を反省した。
アメリカでは離婚、再婚、片親などは
本当に多くの子供達が接している境遇であり、
いちいち「可愛そう」の値を付ける程の事でもない。

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この新聞記者はこの記事で、
欧米は家族単位の生活を大事にしていると書いているが、
その中で一人一人の子供達が、少なくとも私の友人達が、
幸せであるかというと、それは少し違うという事になるだろう。

私だって、アメリカの中で自分の境遇が圴一化されたからといって、
それで自分が幸福になるわけではないのだ。

アメリカでも日本でも、とても落ち着いた良い家族をいくつか知っている。
彼らの家は、たとえ火事で財産の全てを失ったとしても、
心の中には、誰にもうばえない財産が、沢山残っていると思う。

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平凡かも知れないが、両親がいて、子供がいて、
その輪が保たれているということは、なんと素晴らしい事かと思う。
この記事の中の日本人の様に、家族を垣間見る暇もなく働き
高度成長をとげ経済大国になったとしても、
それは「裕福」ではあっても、「幸福」ではない。

私は火事で家や持ち物が焼けても、
心に残る財産が沢山有るような家庭を作りたい。

記者は経済と反比例するものとして「家族度」を見ているが、
「家族」の内容とは人間社会全てに反映するものである。
GNPが高くとも心の財産が少ない人間が溢れたら、
その国は徐々に崩壊する。
そのような社会性を、
これ以上深刻にさせるほど日本もアメリカもバカではないと、
私は、信じている。


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予備校の先生の赤ペンコメント:
「ほぼ完璧。素晴らしい。
表記をもう少しきちんとしてみれば、70点台の上まで行くでしょう。
「スカされて」という表記は論文にはふさわしくありません。」


この小論文を書いた頃は
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36才でいまだ独身だとは思ってもいなかったなあ。。。(^^;)

(早くそんな家庭作れよ(笑))


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「アメリカで得た経験を述べよ」

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18歳の時の小論文
帰国子女専門大学予備校で書いたもの

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課題: 「アメリカで得た経験を述べよ」

小さい頃から美術館へ行くのが好きだった。

個人留学が決まった時、周囲の大人達は
「英語力向上」「国際性向上」などを期待してくれたが、
私は新しい美術館へ出かける様なシンプルな気持ちで、
アメリカに留学した。

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アメリカで私が改めて知った事は、
「アートはアートなのだ」ということだった。

アートとは先生の気に入る様に体よくデッサンすることでもなく、
市場で売れやすい様に流行のタッチで絵の具を重ねる事でもない。

私はいかにそれらの事を軽蔑しながらも、
知らずに縛られていた自分を知った。

先生が「手の絵を描いて」と言うと、
アメリカの生徒の反応はそれぞれに違う。

ある者は写実的に描き、
ある者は前衛的に描き、
ある者は紙の上に自分の手を置いて、その周りをなぞる。

それは、日本の美術のクラスで、
全員が平等に上手いそれとは違った。
だが、それは「アート」だった。


私はそれに気付く境遇に居る事を感謝した。

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アメリカという美術館の中にはチャンスというカギが沢山あり、
アメリカ滞在中、私は沢山のアートコンテストで入賞、優勝し、
美術大学への奨学金や特待生のオファーをいただいた。
卒業の表彰式では「最優秀美術生徒」の表彰を受けた。

私がアメリカで得たものは、自由な感性と自己肯定感だった。

私は日本の大学へ進んでも、美術を選考する気はない。
それは何を学んでも、
自由な感性は全て、
アートに帰するものだとアメリカが教えてくれたからである。



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先生のコメント:「段落が二つしかないまま字数不足。残念です。
文字の表記にも気をつけましょう」


字数が不足していても私の意見に不足があるわけではない。
テストのために人の意見にケチをつける、それが教育。

(と、その時は思ったものだ。。。(^^;)
素直に反省しろよ)


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書類を処分しようと試みています。

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至福の空間に耳を澄ます

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向島百花園は、
江戸時代、
佐原鞠塢(さはらきくう)んという
文化人が作った庭園で、園内にある御成座敷は、
江戸時代の文人墨客が集まるサロンでもありました。
(私は
鞠塢(きくう)さんのお名前が好きで、
太伯の名前候補にも考えていたほどでした。


現在、
8代目御子孫である佐原洋子さんが
(めちゃくちゃ美人な江戸っ子のおばあちゃま)
戦後立て直された御成座敷で、
今も江戸界隈の老舗の旦那衆たちと共に、
「七草の会」というサロンを開いていらっしゃる。

齋藤圭子は日本文化好きが高じて、
紆余曲折のご縁があり、
老舗の旦那衆でもないのに、
その会の末席を汚している。

向島百花園 機関誌「ななくさ」に寄せた、拙文をアップします。

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タイトル:「至福の空間に耳を澄ます」

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      お座敷で、おすまし圭子

七草の会に参加させていただいていることは、
わたくしにとって美しい日本語の、
貴重な勉強の機会となっていることを、
感謝し、お礼を述べたいと思います。

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弁天山美家古寿司店主、内田栄一さんの
『浅草寿司屋ばなし』を拝読し、
七草の会の存在を知ったのが大学生の頃でした。
高校をアメリカで卒業したばかりだった私は、
その本を読んで
なによりも内田さんの綴られる日本語の美しさに、魅了されました。

日本の大学で、教授達が使う日本語とは違う。
テレビでキャスターさん達が話す標準語とも違う。

内田さんの日本語は、音を奏でたくなるような、
活き活きとしたリズムに溢れていました。

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その本の中で紹介されていた「七草の会」とは、
いったいどんな会なのだろう。
きっと老舗の旦那様方が集まって、
浮世絵で見たようなサロンが繰り広げられているのかしら。

その憧れから10年余。

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スーパーや東京都公園協会が配布する、
ビニールが使われた中国製の七草かごとは雲泥の差。

これが本家本物、陛下に献上されているのと同じ、百花園の七草籠。

平成19年の暮れ、
恒例のお正月の七草籠を百花園に取りに伺った際、
鞠塢さんの御子孫、佐原洋子さんと初めてお言葉を交わし、
会の末席にお邪魔する機会をいただいた時は、
驚きと喜びで、胸がいっぱいになりました。

1ヶ月後の新年1月7日、
憧れつづけた七草の会に、初参加させていただいたその日、
私はお座敷にいる間中、ひっそりと、感動し続けていました。

皆さんの日本語が、想像していた以上に、
「本物の活きた日本語」だったからです。

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ここが、七草の会」会合が行われる、御成座敷(おなりざしき)。

もう、語彙の豊かさが違う。
私は現在、文筆の職に携わっているにもかかわらず、
私の年代の人間では、
日常生活で使うことも思い及ばないような美しい日本語が、
普通に飛び交っている。

お向かいに座っておられる男性が、
「いやあ、生来の不躾丸出しで、そんな事聞いてみたらね・・」
と会話しておられる。
遠くの席では佐原さんが、「いずれアヤメかカキツバタ、ねえ・・・」
と談笑していらっしゃる。

私はそんな日本語は、文学小説の中で読んだことはあっても、
現実に発音され話されている場に居合わせたことがありませんでした。

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本来の日本語とは、
こんなにリズム豊かで情緒溢れるものであるはずなのに、
私の年代は、なんてもったいない日本語の使い方をしているのだろう。
文筆に携わる自分を、ガツンと打ちのめされる気分でした。

佐原さん達の豊かな語彙知識。
鼻濁音の美しい発音。

何よりもびっくりしたのは、
七草の会の皆様にとっては、
それが普通の事らしいという点でした。

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落語の江戸弁も、
時代劇のべらんめえ調も、
「それっぽく見せている」という点では、
もう本物そのものではないのです。

それが七草の会では、皆さんが「本物そのもの」でした。
セリフではなく、文学でもなく、
普通の生きた日常の言葉として、
「地に足の着いた江戸弁」を話されていました。
そこには、戦争で分断されていない、
江戸から地続きの東京がありました。

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江戸時代の日本人は、確かにこういう話し言葉であったに違いない。
文人墨客のサロンでは、
こういう知の言葉遊びが普通にされていたに違いない。
タイムスリップしたような豊かな体験に、
ひそやかに打ち震えておりました。

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常々、日本の落語というものは、
テープレコーダーのなかった江戸時代に発明された記録装置で、
そのおかげで私達は江戸の人々の話し言葉を再聴することが出来る、
素晴らしい技術だ、と思っていましたが、

舞台で話される古典芸能よりも、
今、私の耳が聞いている、活きた日本語のほうが、
何倍も歴史的、史料的価値があるように思えました。

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帰りの電車で会の皆さんと一緒になり、
わたくしが「皆さんの江戸弁が素敵で・・・」とお伝えすると、
「また神田と上野あたりでは違うからねえ・・・」とおっしゃられる。
奥が深いなあ・・・とさらに感動した次第です。

このような機会を一介の若者に与えていただいた事に、
感謝いたします。

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皆様に憧れてしまう限り、
私は本物の江戸人にはなりえない、という分をわきまえた上で、
私は七草の会に伺うたびに、
またひっそりと、

至福の空間に耳を澄ましてしまうのです。


2008年10月7日
齋藤圭子 筆



本当の江戸弁て
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世界一かっこいいですよ

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